『沈まぬ太陽』映画化
「沈まぬ太陽」映画化…ホリエモン愛読で再び脚光:芸能:スポーツ報知
そうか。ホリエモンが拘置所内で読んで感銘を受けたいう本はこれだったのか(今更ながら…)。
わたしも小説のほうはそこそこ楽しんで読んだ記憶があるが、今回の映画化についてはちょっと微妙だな。何と言うか、「JALが落ち目なうちにやっちまえ」的な制作者側のあざとさを感じてしまったのだよなあ。
相手が弱ったとみるや畳みかける──この国はマスコミもエンタメもそんなヤツらばかりなのだろうか。
それはそうと、どうやってあの話を2~3時間に収めるのだろう。御巣鷹山篇を中心にということなんだろうか。
健さんの声にシビレる
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高倉健さんの朗読CD『南極のペンギン』を図書館から借りてきた。今年の夏に予約を入れていたのだが、待ち行列が一向に減らず、半分忘れかけていた。それが今朝になって「予約資料の用意ができました」という内容のメールが。しばらく前まで、結構な数の予約待ちがいたから、もしかしたら図書館が追加で発注をかけたのかもしれない。早速、聴いてみた。実に素晴らしい。参りましたという感じだ。
このCDは、高倉健が自作のエッセイを読み、宇崎竜童が音楽をつけて全国の図書館に寄贈したものらしい。だから、一般向けには販売されていない。きっと、子供たちにも聴いてほしいと願いながら声を吹き込んだんだろう。温かみがあり、愛情に溢れ、繊細な健さんの声を聴くことができる。
それにしても、これが、長年にわたって演技者として一線で活躍した人の底力なのだろうか。以前、テレビで観たときに、「高倉健て、けっこう饒舌なんだな……」と思ったことがあったが、そのときの印象とはまた違って、今回は圧倒的な表現力に舌を巻いた。「僕の名前は、高倉健。」で始まるイントロダクションからして、ぐっと惹きつけられるものがある。何かをしている途中でも、思わず手を止めて聞き入ってしまうような強い力がそこにはある。
わたしは、本のほうは読んでいないけれど、すでに本を読んだ人も、このCDを聴いて初めて見えてくる世界があるんじゃないかと思う。声による表現というのは、本当に奥が深い世界だということを、あらためて感じさせられた。
文句なしにオススメの1枚。
『春の雪』を観た
この前の土曜、朝出発の新幹線で京都へ行くという妻と娘を東京駅まで送り、そのまま歩いて有楽町マリオンへ。観たいと思っていた『春の雪』を観た。今の時期はさほど目ぼしい大作がないし、朝イチの上映だったから仕方なかったのかもしれないが、あまりに人が少なくてびっくり(苦笑)。今のマリオンて普段もあんなもんなんだろうか。終わってるなあ。ゆっくり観られるという点ではいいんだけどさ。
肝心の映画のほうは、なかなかだったと思う反面、今ひとつかなという思いも抱いた。予想どおり画はとってもキレイだったし、大正時代の雰囲気もよく出ていたように思う。だから、デートとかでなにげなしに観るのが吉かもしれない(笑)。
不満が残ったのは、やっぱり脚本。文学作品を2時間程度の映画にまとめるのは確かに難しいことだろうけど、台詞まわしやカメラ割りなどを工夫することでもう少し人物像を立体的に描いてほしかったなと。
清顕は確かに我が儘な坊ちゃんではあるが、それだけではなく、夢見がちで自分の感情と対話しながらその赴くままに生きているようなところがある。普通の人も抱くような感情をストレートに行動に移してしまうところに、ある意味で感情移入できるわけだから。その大前提となる人物像がもう少し描き込まれていれば、後半の一途な行動に対する感じ方も変わったんじゃないかと思う。
聡子も、小説では勝ち気な一面を持つ女性という印象を受けていたけれど、映画ではやたらネットリとした雰囲気。竹内結子に罪はないけれど(笑)。
こう言ってはミもフタもないかもしれないけど、三島作品だからってヘンに小説に遠慮しすぎ(苦笑)。小説から台詞をそのまま引いたって小説どおりの人物が描けるわけではないのだから、もう少し脚本の部分で冒険してほしかったのだが。
いつか、この作品をリメイクする人が出てくれるといいんだけど。
十河進さんの本
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メールマガジン「日刊デジタルクリエイターズ」を愛読している人ならご存じだろうが、同マガジンに週イチで寄稿している十河進さんという方のエッセイ集『映画がなければ生きていけない』が、このたび単行本として発売された。“ブログ本”に代表されるように、ネットで公開されたコンテンツを本というかたちで出版する動きが盛んな昨今。これは特に強くお勧めしたい1冊だ。
私はかねてから十河さんの文章の大ファンであり、実を言うと、過去にメールで配信されたすべてのエッセイをVoodooPadというMac用のメモ・ツールにアーカイブしている。そんでもって、時々ファイルを開いては読み返しているのだ。なので、この本に収められている話はすべて読んだことがあるし、なかには何度も繰り返し読んだものもある。それでもやっぱり本になったものが欲しくて購入した。本で読むと、コンピュータ画面とはやはり違った趣があっていいものだ。
十河さんのエッセイは、映画、音楽、本を題材にしているが、そこに綴られているのは、喜びや悲しみ、淋しさや虚しさといった、普通の人ならだれでも抱くような思いだ。
映画や音楽に対する深い愛情の間から、センチメンタリズムがこぼれ落ちるような文章が、私はとても好きなのだ。
それから、これは単なる偶然の巡り合わせだが、私がその時々で考えていることをまるで見透かしたかのような内容のエッセイが届いてハッとさせられたことも何度かある。そんなこんなで、十河さんには勝手に親近感を抱いているところもある。
私の子供が産まれる2カ月ほど前、「覚悟を決める」というエッセイを読んだ。私も「30歳を過ぎた人間は信用したくない」と頑なに思い込んでいた時期があったし、その当時は身ごもった妻を思いやることができず、荒んだ生活を送っていた。この文章を初めて読んで不意に涙がこぼれたのを、まるで昨日のことのように覚えている。以来、私は自分の愚かさを思い知りたいときに、この文章を読むことにしている。
それよりも前、将来の身の立て方について悩んでいた頃には、「世の中には2種類の人間しかいない」というエッセイを読んだ。今にして思えば、それが今の雑誌編集という仕事を選ぶ1つのきっかけになったような気もする。今、私は、この文章を思い出しながら、後輩たちに「真のプロフェッショナルを目指そう」と説教するような身分になった(苦笑)。
ちなみに、この単行本は、書店では手に入らず、デジクリのWebサイト、ならびに主催イベントを通じた直販のみの取り扱いとなっているようだ。値段は2,000円(税込)。決して高い買い物ではないと思う。
精神性と肉体性
読書ネタが続くようで恐縮だが、先週末、ビル・エヴァンスについて書かれた本を読んだ。ふだん、音楽にまつわる本を読むことは滅多にないのだが、今年の夏、精神的/肉体的にへばっているときに、ビル・エヴァンスのピアノにはかなり救われた思いがしたので、感謝を示すというか、敬意を表すというか、とにかくそんな思いで本屋で手に取ってみたわけだ。
けれど、読み終えてあらためて感じたのは、「本は本、音は音」という、どうしようもなく当たり前の事実だった(苦笑)。
私は、別にジャズに詳しいわけではない。蘊蓄にも疎いし、CDもそんなにたくさん持っているわけではない。ビル・エヴァンスについても、かなりの“ジャンキー”であったとか、スコット・ラファロがいた頃のトリオ作品が人気が高いだとか、その程度の予備知識しか持ち合わせていなかった。つまりは、ライナーノーツ読んでりゃ分かるというようなレベルですな。
今回読んだ本の中には、ビル・エヴァンスの生い立ちから死を迎えるまでのさまざまなエピソードが盛り込まれていた。関係者の証言などが丁寧に織り込まれていて、そこそこ楽しんで読めたのは確かだが、それが音を聴く行為に何かプラスをもたらしたかというと、残念ながらそうではなかった。どうやら私は、音楽についてはあくまでも肉体性を強く求める傾向にあるようだ。
ジャズって、数ある音楽ジャンルの中でも、おそらくとりわけ蘊蓄がモノを言う世界のような気がする。ブログを見ても、Amazonのレビューを見ても、評論家さながらの文章を書く人が目につく。そういう蘊蓄は、確かにジャズを愛するうえでは必要な要素かもしれない。でも、実際の音を前にして、そんな蘊蓄に何の力があるというのだろう。
演奏家の奏法についてのこだわりや、録音にまつわる裏話、ハードバップだのモードだのといったジャズの歴史を繙く楽しさよりも、やはり私は、「カッコいい」とか「気持ちイイ」とか、体が先に反応する感覚のほうを信じたい。少なくとも、精神的なとらわれから自由になりたいと日々願っている私のような人間にとって、音楽は、理屈抜きで楽しめる最高の友だから、ね。
ジャズの蘊蓄を学ぶのは、もうちょっと歳を取ってからでいいや(笑)。
昭和の劇──映画脚本家・笠原和夫
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発刊されたときから興味を惹かれていたこの本。結局、図書館で借りて読んでみた(本当は買いたかったんだけど……)。一部で高い評価を得ているのは知っていたけど、いやあ、これは素晴らしいなあ。昭和を1冊でたどるのに、これほどふさわしい本はないんじゃないかと思うほどだ。
笠原和夫は、かつての美空ひばり映画や『仁義なき戦い』などの東映実録シリーズで知られる脚本家で、この本は、これまで彼が手がけてきた作品をインタビュー形式で振り返るという、言ってみればありきたりの企画本なんだけど、その内容は決して映画の枠にはまり切るようなものじゃない。やくざの生態はもちろん、天皇制や被差別部落、沖縄、テロリズム──脚本を書くうえで膨大な取材を重ねた結果として得たネタがふんだんに詰まっている。
「太平洋戦争時の日本兵は昭和天皇の私兵である」、「やくざは、基本的にインポテンツの集団」、「戦前の日本のほうが好きだ」と言い切る語り口は、とにかく痛快そのもの。しかも、それらの言葉が数々の取材や実体験に基づいているものだから、いちいち説得力がある。
歴史研究を専門にしている人からしたら、異端極まりない昭和史かもしれない。もちろん、厳正に見れば、それが史実か否か、議論の分かれる記述もあるだろう。でも、少なくとも私には、アカデミズムの中でぬくぬくとしている学者よりも、ジャーナリズムを謳うマス・メディアよりも、面白いホン、当たる映画を作ろうと、必死になってネタを探し回ったであろう脚本家の言葉のほうが、まだ信用できる。
それにしても、本を読んで興奮を覚えたなどという経験は、はたしていつ以来だろうか。映画好きな人はもちろんだけど、そうでない人も楽しめるし、考えさせられる良書だと思う。4,000円超と少々値が張るけれど(だから私は借りてしまったのだが…)、この本には、買ってでも手もとに置いておきたい、そう思わせる何かがある。
道理で売れなくなるわけだ…
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先日、どういう風の吹き回しか、会社の真ん前にある区立図書館にふらっと寄ってみた。今の会社に入ってから4年半。一度も足を踏み入れたことがなかったのに。それどころか、図書館に行くこと自体、ガキの頃以来だと思う(苦笑)。
結構いろんな本が置いてあるもんだなあ、と感心しながら書棚を眺めているうちに、ジェイムズ・エルロイの『アメリカン・デス・トリップ』が目に入り、思わず借りてきた。単行本が出てから3年以上。いまだに文庫化しない文藝春秋が悪い(苦)。いい加減買って読もうかと思っていたところだったので、上下巻合わせて5,000円近くが浮いたことになる。
ただ、エルロイを公立の図書館で扱うというのはどうなんだろうなと思わないでもないけど(あまり青少年に奨められるものではないしね…)。それはさておき。。。
ハードカヴァー(とりわけ小説の)は、最近どうも敬遠してしまう。何と言っても値段が高いし、持ち歩くにも電車の中で読むにも重過ぎる。風呂に持ち込むのもはばかられる(それでも強引に持ち込むこともあるけど)。そもそも、図書館で本を借りないのも、風呂で読めないから(笑)。家でじっくりと本を読む時間がとりにくい昨今では、バスタイムは貴重な読書タイムでもあるわけで。
それにしても、そんな事を忘れさせるぐらい、最近の図書館はスゴイみたいだ。ネットで予約しておけば、十いくつかある区立図書館のどこにでも本を届けてくれる。新刊本もかなり充実している。自治体が住民サービスの向上を図るのはもちろん良いことなんだろうけど、こんなに図書館が便利になってしまうと、そりゃ売れなくもなるでしょうよ、と心配になってくる。本が売れない理由はそれだけではないにせよ。
図書館の便利さに感動する一方で、出版業界に身を置く1人として、喜んでばかりもいられないなと思った次第。
春の雪
今日は都内でも積雪があり、「10年ぶりの大雪(たった2センチだけど…)」などと言われているわけだけれども、それはそうと、あの三島由紀夫の名作『春の雪』が映画化され、今秋に公開されることになったらしい。
三島由紀夫「春の雪」妻夫木主演で映画化(nikkansports.com)
春の雪は、三島由紀夫の遺作となった4部作「豊饒の海」の第1部にあたるもので、私も大好きな小説だ。あのハラハラドキドキのストーリーをどんなかたちで映像化するのか、とにかく興味がある。
主演は、妻夫木聡と竹内結子。まあ、イメージに近いと言えなくもない(妻夫木君だと、ちょっと毒が足りないかなという気もするけれど)。ウォン・カーウァイの「花様年華」を撮ったリー・ピンピンが撮影に参加するというあたりからも、“大正ロマン”を映像で再現しようという意気込みがひしひしと伝わってくる。
監督が行定勲だし、人気俳優が主演するわけだから、きっと大々的なマーケティングが行われるだろうけど、今ウケするような恋物語に終わらず、原作の良さを最大限に引き出してくれるといいなあ。。。





